Liliam Fashion Week in London
  • 20 March 2015

  • 09.00 - 16.00 (Monday Free)

  • 21 King Street, Melbourne Victoria 3000 Australia See in Map

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私の生きる目的

8月 7

育休が終わって仕事に復帰した友人のFacebookの言葉を見て
嬉しい気持ちと悲しい気持ちが交錯した。

 「夜の10時近くまで仕事をして
  家に帰っても子どもには会えない。
  みんなは寂しくないの?
  私は胸が張り裂けそうだ。」

嬉しい気持ちというのは
彼女とは本当にいろんなことを、
仕事、恋愛、結婚について話し合っていたから。

彼女を大切にしてくれる素敵な人と結婚して
かわいい赤ちゃんが生まれて

あぁ、お母さんなんだ。

なんだか、それが、実感できる言葉だなぁって
嬉しさがじーんとこみ上げてきた。

でも一方で

胸が張り裂けそう。

彼女の葛藤と痛みを思った。



私たちは何のために生きているんだろう。

いや、「私」は何のために生きているのだろう。

「私たち」では括れない
一人ひとりの存在理由、「使命」があるのだから。

誰かを真似しても、それは私の使命ではない。

だったら、自分が良いと思うことに従えばいい?

でもそこに
「張り裂けそうな痛み」があるなら
「満たされない渇き」があるなら

それはやっぱり私の使命ではない。

私の使命は
実はどんなに頑張っても
私の中からは出てこない。

がむしゃらに走って来たこれまでを振り返って
それなりにいい思いをして
それなりにキャリアを積んで
背中を押されるがままに独立した。

これをやりたい、あれをやりたい。
心は右往左往するけれど
自分の中に解はなかった。

だから祈った。

「神様、私は何をしたらいいの?」



これが解答だった。

私の使命は、
私をこの世に「意図をもって」存在させている
神様から教えてもらうこと。

そうしたら、すごい発見があった。

悩まなくなった。

悩みは自分や他人や世の中から
解を求めようとするからだったんだ。

だから

私の人生の目的を教えてもらおう。
私には何が一番大切なのかを教えてもらおう。
それが本物の神様の声だったら
私の心は、平安と喜びにあふれるはずだから。

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